強相関電子系の電子構造と超伝導に関する理論研究

銅酸化物超伝導体や鉄系超伝導体、重い電子系などの超伝導体は、電子相関・非従来型超伝導・量子相転移などの物性物理学の主要トピックを内包し、いまや一大分野として研究が進められている。このような系の注目すべき物性は、系が強相関電子系であることに起因しているので、ここでは強相関超伝導体と呼ぶことにする。一口に強相関超伝導体といっても、結晶構造や相図、超伝導対称性は多岐にわたり、強相関超伝導体を統一的に理解するためには、まずは物質ごとの特徴を正確に理解する必要がある。そこで、モデル計算ではなく物質計算を主とし、物質や圧力に対する物性の変化に着目した研究を行っている。特に、密度汎関数理論(DFT)により得られた電子構造に対して、乱雑位相近似(RPA)やゆらぎ交換近似(FLEX)といった近似を用いて多体効果を取り入れ、感受率や超伝導状態の計算を行っている。

圧力下におけるFeSの2ドーム型超伝導相

鉄カルコゲン系に属する FeS は、圧力下で 2 つの超伝導相を示すことで注目を集めている。本研究では、2 ドーム型超伝導相図の起源を探るべく、圧力を連続的に変化させた FeS に関する理論計算を行 なった。その結果、P = 4.6GPa で電子対形成強度λが増大する結果を得た。このλの増大は高圧側での超伝導相の出現に対応し、圧力下の FeS における第 2 超伝導相の出現を本研究が初めて説明したとい える。

本研究の重要な結果として、 FeS の圧力下における超伝導の再出現はリフシッツ転移によってもたら されることを初めて明らかにした。また、これまであまり重要と考えられていなかった 3dz2 軌道が対形成に寄与するもので、鉄系超伝導体の研究に新たな視点を与える結果である。

Pb9Cu(PO4)6O(LK-99)の磁気ゆらぎ

 7月下旬、韓国のグループが突如、室温常圧超伝導体発見の報告を発表した。LK-99(組成式 Pb9Cu(PO4)6O)である。この報告に世界は色めき、この1ヶ月で追試や理論研究が急速に行われてきた。そもそも、LK-99における室温超伝導は、(1) 100℃付近での電気抵抗の急減少、(2) 試料の磁気半浮上を根拠として主張されていた。しかし、この1ヶ月でなされた追試によって、(1) は不純物の構造相転移に依るもの、(2) は試料の強磁性または不純物の反磁性によるものであって、超伝導は実現していない可能性が濃厚となってきた。室温超伝導体としての希望はほぼ潰えたものの、LK-99がどのような磁性を示すのか、それが試料の磁気浮上を説明できるのか、といった疑問が残っている。

 本研究では、電子密度汎関数理論(DFT)を用いてLK-99の電子構造を計算した。さらに、そこから作成した有効模型に対してゆらぎ交換(FLEX)近似を適用して磁気感受率を計算し、LK-99の磁気構造を議論した。結果として、LK-99は反強磁性ゆらぎを示すものの、少量の電子ドープで強磁性ゆらぎへと変化することを明らかにした。電子ドープによる強磁性の出現自体は、単純な2次元三角格子でも理解できる。しかしながら、LK-99ではkz依存性のある電子構造(富士山型フェルミ面)によって、ごくわずかな電子ドープで強磁性が実現できるのだ。実験で見られていた磁気浮上は、試料の乱れによって少量の電子ドープが為されて強磁性が実現したため、と理解できる。本研究では、富士山型フェルミ面によって反強磁性・強磁性間の転移が容易となることが明らかとなった。このような系で超伝導が実現すれば、スピンシングレット・トリプレットの転移が実現できることが期待される。